スプーン通信
白、ブルーを基調とした爽やかなパッケージの胃腸薬、太田胃散。「そういえば家族が愛用していた」という人も多いのではないでしょうか。『スプーン通信』第1回目は、百三十余年もの長きにわたり愛されてきた太田胃散について、研究開発部長 吉江紀明さんにお聞きしました。
意外にもお馴染みのスパイスが!
■まず、太田胃散誕生のきっかけについて教えてください。
明治12年、オランダ人名医ボードウイン博士の処方を弊社の創業者 太田信義が譲り受け、製造・発売しました。その後、百三十余年もの長きにわたり、研究改良を重ねて現在に至っています。
■成分表を読むと、太田胃散には、ケイヒ(シナモン)やチョウジ(クローブ)
など、日頃、私たちに馴染みのあるスパイスが入っていますね。
太田胃散は、ケイヒ、チョウジ、ウイキョウ(フェンネル)、チンピ(オレンジピール)、ニクズク(ナツメグ)、ゲンチアナ、ニガキの7種類の生薬と、4種類の制酸剤、消化酵素が主な成分です。ケイヒ、チョウジ、ウイキョウ、チンピ、ニクズクはその香りの成分が、またゲンチアナとニガキは苦味の成分が胃の働きを活発にする効果を発揮します。
■缶の蓋を開けると爽やかな香りがして、胸やけがすぐ治るような気がします(笑)。
太田胃散の愛用者の方の中には、缶のふたを開けて香りを嗅いだだけで胃がスッとするという方もいます。それだけ、太田胃散にとって香りというのは大切な要素です。また、太田胃散は粉末なので速効性があります。特にその効果が分かりやすいのは胃液が食道に逆流することによって起こる「胸やけ」です。いったん胃に届いてから薬効が広がる錠剤や顆粒剤と違い、太田胃散は服用してすぐに溶け、高濃度の溶液となって食道を通過し、炎症部分に直接作用するので早く効くんです。
生薬を生かす特別なこだわり
■太田胃散の粉末って本当に細かいですよね。
太田胃散の粒は、全体の40%が50ミクロン以下です。ちなみに1ミクロンとは1000分の1ミリのことです。
■1000分の1ミリ! 細かいはずですね。
50ミクロンは、粒の大きさでいうと抹茶ぐらいでしょうか。ただし、生薬は細かくしすぎると時間がたつに従い香りや味が飛んでしまうので、細かくし過ぎてもダメです。また、それぞれの生薬には効果が発揮されやすい大きさがあります。
■ケイヒはケイヒ、チンピはチンピで粒の大きさが違うということですか。
粒の大きさだけではなく、粉砕方法も違います。例えばニガキは、普通に粉砕すると綿状になってしまうので、特別な粉砕方法で粉末にする必要があります。また、香り成分である精油は細胞の中に入っています。凍らせて切る凍結粉砕という方法では細胞まで粉砕されてしまうので、中にある精油成分が一気に外に出てしまい、粉砕した直後はよく香りますが、すぐに香りが弱くなってしまうんです。
■では、香りを長い間持続させるためには、どんな粉砕方法があるんですか?
それは……企業秘密です(笑)。
■なるほど、そうですよね!(笑)
太田胃散は研究者泣かせ!?
■太田胃散は、百年以上、改良を重ねているんですよね。
過去には、もっと簡単に作れないかと思って、合理化しようとしたこともあります。でも、そうするとよくないということが、後から分かりました。例えば、1〜2年経過したら、香りが飛んでしまったということもありましたね。
■今の太田胃散はトライ&エラーの結晶ですね。
はい、太田胃散の味や香りは完成されていて、変えてはいけないものだと考えています。その味や香りを保ったまま、成分や作り方を改良するのは非常に困難で、研究者泣かせの薬かもしれません(笑)。実は、50年以上、作り方を変えていないんです。生薬の産地もなるべく変えないようにしていますが、生薬は果物と同じで、年によって出来不出来があり、やむなく産地を変えることもあります。そんなときでも、味や香りを変えずにお客様に届けられるようにと、日々頑張っています。
■長年愛用している方も多いでしょうね。
精密な機械で検査しても分からないような微かな味の違いを、長年ご愛用されているお客様にご指摘いただいたこともあります。太田胃散は長い年月にわたってお客様に支えられてきた薬で、それはとてもありがたいことだと思っています。
■味が違うなんて、薬には珍しい意見ですね(笑)。
本当ですね(笑)。お客様も、太田胃散の味や香りを価値のひとつと考えていただいていると思うと、私たちはより一層努力していかなければと思いますね。
「会社では卓球部に所属しています。うちの会社は結構強くて、ここ数年、薬業健保の大会で優勝しています。弊社の玄関に優勝旗、食堂にトロフィーが飾ってありますよ。メンバーの中には全日本クラスもいます」と話す吉江さんご自身も小・中・高・大と卓球部。土日はラケットを握って汗を流す。